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第13回(後編)

ひとSTORY

塚本美樹さん(“VISIONS”ピアニスト)(後編)

塚本美樹さん(“VISIONS”ピアニスト)(後編) 塚本美樹さん(“VISIONS”ピアニスト)(後編)

拠点を福岡に

30歳を過ぎて開き直った。福岡を拠点にして福岡の街から何かを発信しNYへ繋がって行く事もできるのではないかと。親しい音楽家も賛同してくれた。「これだけ便利になって来ると東京とも繋がっていける。だから福岡拠点で良いんだ!」20年近い前でも既にそう思えた。自分の望みとしてはこれからも死ぬまで音楽的に上達しようと思っている。福岡でしっかり仕事をして、そしてエネルギーが無くなったと思えば、新しい空気を吸いにどこかへ行こうと思う。

挑戦

結婚するまでジャンルを超えてあらゆる仕事をした。アメリカのパーシー・フェイスオーケストラの日本ツアーでピアニストが急病で緊急帰国した時、音楽仲間から代打の打診があったのは結婚直前。「明日から佐賀と広島の公演があるらしいのだけど、スケジュールの都合がつくならお願いできる?」「やってみます!」断らない性格は即答した。「明日15時集合でバスで佐賀へ向かいます!」オーケストラのマネージャーから辞書並みの厚さの楽譜と音源(MD4枚)を前日に手渡された。全てのジャンルが演奏できる一流プレーヤーの中に放り込まれるプレッシャー。自分1人だけ日本人が入って、ほぼ毎日夕食が喉を通らない程必死でもがいた。色んな意味ですごく大きな経験だったが「こんなに厳しいのか、、、」と思った事も。指揮は三大テノールのコンサートでもタクトを振った方。どこも2000人規模のホール。最初の佐賀でのステージでは、皆、大目に見てくれた。「ミキ、ここだけ弾いてくれたら良いから。」ピアノを弾くだけでなく、シンセサイザーの音色を作りながら弾く大仕事。目立つソロもなんとか務めあげた。佐賀の後は名古屋、岐阜、岡山、和歌山、神戸、合計6ヶ所の公演。しかし厳しさは日に日に増していった。その中でも嬉しかったのは日本のPAスタッフから「あんた、スゴイよ!日本人で1人、日本の旗掲げてさ。」と元気づけてもらった事。その時の録音やバックステージパスは今でも宝物だ。そしてオーケストラのメンバーも勇気づけたり褒めてくれる人もいたが、真逆の人もいた。「ピアノ、そこ合わないよ。その部分だけまだ合わない。」毎日のリハの敷居は日に日に高くなり、厳しくなる一方。良い音を求めるなら当たり前の事ではある。「音と向かうしかないんだ。でも認めてもらわなければ。」6公演終えて福岡へ戻ってからやっと「すごい事がやれたんだ。オーケストラ編成の大仕事で、皆がそれぞれのスゴイ責任の音になっていて、それをアンサンブルする。そしてお客様へ伝える。そのステージに乗っかったんだ!」解放感と夢心地を味わった。このチャレンジで得た事は音楽の視点が広がった事。JAZZ以外の音楽と融合して行こうと思うきっかけにもなった。自分の実体験の中で結びつくのはもう少し後ではあったが、この機会は大きいステップだった。

結婚そして“VISIONS”誕生!

「挑戦」の人生を歩んでいた美樹さんが結婚を期に変化する。ご主人であるベーシスト間村清さんとのユニット“VISIONS”結成。家族になったミュージシャンと一緒に生活する事で「曲ができたから一緒にやろうか!試してみよう!」といつでも曲作りが出来る。そうやって自然、海、風のテーマを音に託したオリジナル曲をドンドン誕生させ、2人の音の世界を作っていった。今思えば、独身時代は勉強して生まれたJAZZの曲作りだったのが、結婚して生活の中から生まれてくる曲へと変化した。そうして生まれた“VISIONS”としてのアルバムは現在7枚を数える。

ジャンルを超えたコラボ①

2枚目のアルバム“WIND ON TIME”は出産直後に制作。何故か妊娠中〜出産まで曲がドンドン書けたので全てアルバムに収録。朝起きて、朝の風から始まって最後は“Where we‘re goin’”(夢の中に自分がまた入っていく)と自然に一日の流れから作った作品。自分では意識してない所でJAZZ道と言うのではなく、人としての表現に変わっていった。具体的には色んなものとのコラボレーション。JAZZではないと言う理由で取り入れて来なかった童謡、日本唱歌などを“VISIONS”流のアレンジにしたり、曲を作って演奏するように。根底はJAZZ。「JAZZを伝えたい」のだがJAZZクラブにはJAZZ好きの人しか足を運ばない。しかし例えばイベントの広場だとお爺ちゃんや子供が耳を傾けてくれたりする。それがJAZZの難しい曲ではなく、皆が小さい時からよく聴いていた曲を使う事で伝わっている手応えを感じている。またご主人と休みの日に近くの公園へキーボード、ベース、バッテリーを持ち込み、ゲリラLIVEを決行。ベビーカ—を引いたママ達が足を止めて聴いてくれる。こんな事がとても大事だと思っている。この活動はご夫婦の力になっていて、県外の通常LIVEの合間に現地で公園ゲリラLIVEを行う事も。そうやって力が入った所から「ありのままの自分」の曲作りとなってきた。

ジャンルを超えたコラボ②

好奇心が自分の生きてる一番強い所にある。「色んな違うアートとのコラボ」をテーマに例えば「この絵に曲を作ってみよう!」と発想するように。そして2005年には宮崎県高千穂の神楽との共演の依頼が来た。ピアニスト秋吉敏子さんを始めとするJAZZアーティストと伝統芸能のコラボは珍しくない。最初はどうすべきか悩むが、ビデオを食入るように見て、神楽の舞の足の運びや手の動きに全て合わせた曲を作った。400年続いた舞と太鼓と横笛の神楽を若い方が継いでいる。リーダー格の方は即興(インプロヴィゼイション)できる方だったので、まさにJAZZのセッションと一緒。この為に3曲作って備える。本番前日に現地入りした時は会場はよそ者に対する冷たい空気に包まれていた。しかし今まで重ねた事のない楽器、ハーモニーの面白さを狙って作った曲で挑んだリハが進むにつれ、皆の表情が変化して行き、終了後の酒盛りは朝まで続いた。翌日夜の本番では神様が降臨するようなすごく良いステージとなり、老若男女の村人達が踊りながら大変喜んでくれた。「私の中では神楽に書いた曲もJAZZ。」その後「“VISIONS”は多種多様な面白い事をする。」と色んな所から依頼が来るように。時にはお題をいただく事もある。例えば「Xmasの時期にアクロスのシンフォニーホールでチャイコフスキー作曲のくるみ割り人形をJAZZアレンジでタップとコラボして欲しい。」断らない性格はここでも首を縦に振った。“VISIONS”のメンバーにドラマー藤山英一郎さん(日野皓正さんとも共演する日本を代表する熊本出身のドラマー)を迎えて3人の演奏。そしてタップダンサーはご主人の間村さんが以前共演した事もある、SUJIさん(北野武監督の映画“座頭市”出演)に依頼。間村さんは美樹さんにこう言った。「SUJIさんはものすごい踊りで普通のタップじゃない。アクロバティックだし、何をやるか決めてなく自由な発想で踊るインプロヴィゼイションだったよ!」本番でもあまり決まりを作らずに全10曲共演し、好評を博したシンフォニーホールの満席のステージが2009年。忘れられないステージとなった。

そして「絵本の読み聞かせ」。福岡でマルチタレントとして活躍し、中学の同級生でもある徳永玲子さんの語りと“VISIONS”の演奏のコラボ。この活動は2008年から始まり、曲をつけた本は70冊を超える。「絵本に付ける曲はものすごくJAZZテイストだったり、子供が喜ぶリズムもあったり、バリエーションがたくさんある。逆に言うと色々聴かせてあげたい。子供って柔らかいからラテンのサンバみたいな曲とかも、、、そして子供さんが曲を聴いて、この事を覚えていてくれたら嬉しい。」JAZZと出会った10歳の自分とダブる。子供向けと言えば読み聞かせに加えて幼稚園や保育園へ行く出張コンサートも“VISIONS”結成以来ずっと続けている。“トトロの散歩”のJAZZ風のアレンジは子供達も一緒に歌ったり手拍子で参加。JAZZのブルースで踊りだす子供達もいる。

新生“VISIONS”

新生“VISIONS”3人目のメンバーはボーカル、ピアニカ、タンバリン担当、一粒種のHINAKOちゃん。初舞台は小学1年生の7歳の時で、CDは3枚参加。歌が入る事で言葉がメッセージとしてより伝わるようになり、HINAKOちゃんは今では“VISIONS”の無くてはならない存在。オリジナルやJAZZアレンジの“あんたがたどこさ”等を歌う。3人体制は土日と春休み、夏休み、冬休み、大型連休に限られるが、家族なので家の中で煮物をどっさり作り置きしながら練習してリハをする。始まりは6歳の時、美樹さんがインストゥルメンタルで色んなイメージの曲を書いていたら、HINAKOちゃんが覚えて鼻歌で一緒に歌い始めた。「歌詞を作って歌う?」「歌う!」子供の声だからこその伝わり方があるような気がしている。最新アルバム”Bridge”では10曲中5曲はHINAKOちゃんのボーカル入り。そして2011年11月に韓国の男女のデュエットグループ“HUE”と福岡でジョイントLIVEをする縁があった。彼らから大変気に入られ、翌月すぐに韓国・釜山へ招待され500人規模のLIVEを行う。 翌年6月には“HUE”から「讃美歌のCDを作りたいのだけど、全部“VISIONS”のアレンジでJAZZテイストでやって欲しい。」とオファーがあり、「アメージンググレイス」や「ア二—ローリー」などが収録されたコラボアルバム“GRACE”完成。韓国は全人口の4割がクリスチャン。このアルバムは韓国のCCM(コンテンポラリー・チャーチ・ミュージック)のチャート1位を2週連続した。また‘13年末封切られた短編映画“すず”〜モノクロームヴァージョン〜ではNHK大河ドラマ「八重の桜」のアートディレクター菱川勢一氏の初監督作品でBGMも担当。制作作業は神楽や絵本の読み聞かせに通じるものもあった。

これから

引き続き世界と繋がりながら発信し、音楽の楽しさを伝えていこうと思っている。東日本大震災復興支援活動として、世界のリズムや即興のメロディを会場一体で体感する舞台「リズムのキズナ」を全国で展開。より幅広い年齢の方々にJAZZから得た自由な発想と音楽を通じて感じ合える楽しさ、生きる喜びを伝え続けて行きたい。「また聴きたい!感動した!」「またステージを見に行きたい!」「明日の元気になった!癒された!嫌な事が全部吹き飛んだ!」等々。色んな方のLIVE後の感想でこれらが一番嬉しい。1つ1つのステージからたくさんのエネルギーをもらえるから、また次に前進するアイデアが出てくる。それを具体的にどんな形にするのか発想を音に変えて、また演奏して届けていく。この繰り返し。なので今、最高に幸せ。今聴いてくれている特に子供達が、未来を切り開くのは自分だから、何かを作って喜びを感じ、そして又次!と言う力をつけて欲しい。それを音楽を通して伝えていきたい。幼稚園での活動では、「作ろう!皆で一緒にやってみよう!今のどんなに感じた?」と参加型の部分を作っている。絵本の曲も子供達に5〜6種類の簡単な打楽器を持たせて、その場でセッションのように音を付けてもらっている。これが面白い。色んなモノ、コト、ヒトなどの「世界と繋がっていたい。」これが“VISIONS”のテーマ。

終わりに

インタビューするにあたり、美樹さんからの開口一番は「今までの事で興味を持っていただくのも嬉しいですが、これから私達がどうやって行きたいかをすごく伝えたい。」そのセリフで“VISIONS”のまさにVISION=未来図を最初に提示されたように感じた。美樹さんは穏やかな表情ながら、瞳の奥に純粋で力強い情熱を確認できる方。福岡にこだわり、福岡から世界へ。また1人頼もしいアーティストと出会わせていただいた。

文:MARI OKUSU 2014.3.4掲載